About

池田 晃将
いけだ てるまさ
TERUMASA IKEDA
工藝美術家 Artist
1987 千葉県出身
2014 金沢美術工芸大学 工芸科 漆・木工コース 卒業
2016 金沢美術工芸大学大学院 修士課程 修了
2019 金沢卯辰山工芸工房 修了
現在 石川県金沢市を拠点に制作活動を行う
個展
2014 「池田 晃将 漆展―極小の装飾―」
Café&gallery Musee 石川
2015 「池田晃将ー漆加飾の小細工展ー」
伊勢丹新宿本店5階ウエストパーク 東京
2019 「電光装飾-Cyber Effect-池田晃将漆芸展」
日本橋髙島屋S.C6階美術工芸サロン 東京
2020 「池田晃将漆芸展」 しぶや黒田陶苑 東京
2021 「池田晃将の螺鈿」 銀座一穂堂 東京
2021 「池田晃将展」新風館 京都
2022 「池田晃将展」日本橋髙島屋
2023 「Terumasa Ikeda: Iridescent Lacquer」
Ippodo gallery NY アメリカ
2023 「虚影蜃光- Shell of Phantom Light」
金沢21世紀美術館 デザインギャラリー 石川
2023 「池田晃将展」 しぶや黒田陶苑 東京
2025 「池田晃将の螺鈿」 銀座一穂堂 東京
パブリックコレクション
・国立工芸館(「Error403」、「電光無量無辺大棗」)
・ヴィクトリア&アルバート美術館
・オックスフォード アシュモレアン博物館
・インディアナポリス美術館
・金沢卯辰山工芸工房
・ヒューストン美術館(「閃煌石鏃型香合」、
「Remains of Temple」)
受賞歴
2023 第1回EGKアワード ビームス賞 受賞
2023 清州工芸ビエンナーレ(韓国) 出展
2024 第5回三井ゴールデン匠賞 受賞
グループ展など
2014 「Epoch Garden」金沢市問屋町スタジオ 石川
2014 「次世代工芸展」 招待出品 京都
2015,16,17 「池田 晃将 ―漆加飾の小細工展―」
伊勢丹新宿本店5階ウエストパーク東京
2016 「生新の時」輪島漆芸美術館 石川
2017 Asia art contemporary Singapore/
Suntec Exhibition Centre SINGAPORE
2017 「結晶する漆」—Essence of URUSHI—日本橋三越
2018 「なつめ」しぶや黒田陶苑 東京
2018 秋元雄史監修「もう一つの工芸未来派」
銀座和光和光ホール 東京
2018 KOGEI Artfair(以降2019,2021,2022) 石川
2018 Art Expo New York /Pier94 U.S.A
2020 特別企画「和巧絶佳展−令和時代の超工芸−」
パナソニック汐留美術館
2021 「工芸的美しさの行方」日本橋三越 東京
2021 「《十二の鷹》と明治の工芸」国立工芸館 石川
2022 「工芸の表現四人展」 銀座和光和光ホール 東京
2022 「ジャンルレス工芸展」国立工芸館 石川
2023 「ポケモン×工芸展 美とわざの大発見」
巡回展
2023 「超絶技巧、未来へ!-明治工芸とそのDNA-」
巡回展
2025 Tokyo Gendai 2025 東京
2026 FOG Design + Art アメリカ
2026 TEFAF Maastricht 2026 オランダ
2026 「工芸の表現四人展」 東京
「螺鈿 本質としての表層」
(前略)微細なアラビア数字や集積回路を思わせるラインの交錯が、緑から赤紫、青紫へとタマムシの翅のような光を帯びてその表面に瞬く、黒い立方体―(中略)
正倉院以来の長い歴史を持つ漆芸の一ジャンル「螺鈿」は、材料は稀少、工程も複雑で、必然的に高額にならざるを得ない。現代でも茶道具や高級食器、家具などが作られているものの、日常生活の中で出番の多い器を中心とする、いわゆる「生活工芸」のように、一般の人が手にする機会は少ない。そんな敷居が高い、感覚が古い、日常から遠いと思われてきた工芸が、現代の私たちに近しいSF的なイメージをまとっている。(中略)
無垢の暗黒の上に揺らめく光。ホログラムのように立ち上がる、物語の断片たち。ともすれば虚空へ漂い出そうとするイメージを、その際で物象につなぎ留め、「ないのに、ある」存在として成立させる、螺鈿という技法の妙。1ミリにも満たない表層の薄膜であるからこそ、そこに気が遠くなるほどの執念をもって集積された技術と時間、イメージは、見る者の心に抑えがたい感情を掻きたてる。(中略)確かに技法は古典的だ。だが観る者の共有するイメージが時代によって異なるだけ、とも言える。たとえば殿舎や庭園の景の中に、『源氏物語』第二三帖「初音」で明石の上が詠んだ和歌、「年月を松にひかれてふる人にけふ鶯の初音きかせよ」の文字、さらに松と鶯のモチーフを散らした蒔絵として表された、かの《初音の調度》について、当時の誰もが説明されるまでもなく、徳川将軍家の姫の嫁入り道具にふさわしい、と感嘆の溜息を吐いたことと、まったく異なるところはない。その「同じ」さ加減もまた、私たちの遠近の感覚を狂わせ、眩暈を引き起こす。
光や電気信号を操作するテクノロジーや、これらに触発されたSF的なヴィジョンは、物理的に手で触れることの叶わない、いわば「あるのに、ない」ものだ。それが極限の薄膜ーまさに虚実皮膜の上に、物象としてつなぎ留められている。物質とイメージとが幾重にも重なった層を透かして見える、幻のようなヴィジョンをまとった器体の内は虚。表層こそが本質であり、すべてなのだ。